組織罰の必要性(1)

■組織罰はなぜ必要なのでしょうか

                                         組織罰を実現する会 顧問・弁護士 安原 浩

1 疑問はもっともです

そもそも組織罰という言葉自体聞き慣れないうえ、意味もわかりにくいかと思います。
それは我が国にこれまでなかった新たな刑罰を設けようとしているからです。

日本の刑罰は、伝統的に個人を処罰することを原則としてきました。
確かに、社会に絶えず発生する故意による犯罪や過失による事故(例えば交通事故)では、現在でも個人の役割が大きいのは事実です。
しかし、過失による事故のうち、一度に多数の死傷者が発生するような大事故においては、むしろ企業や組織の果たす役割の方が個人よ り大きくなっているのが現代の特徴ではないでしょうか。

JR西日本福知山線脱線事故のような巨大事故のみならず、軽井沢バス転落事故や笹子トンネル天井板崩落事故のような巨大とまではい えない事故でも、その発生の原因が単に運転手あるいは安全管理者個人の注意力不足のみと考えることはできません。

そこには企業利益の確保のために安全性を軽視する企業風土があったと考えるのが自然です。

企業活動は、私たちの社会に大きな便益を与えてくれていますが、他方、必然的に社会に対し危険をもたらす存在でもあります。
従って、安全性を軽視する企業風土を改めない限り、人の生命を奪うような悲惨な事故の予防や再発防止はできないといえます。

また、安全性を軽視した企業活動の結果、犠牲となった方の遺族の無念の思いは容易に回復しがたいほど深く重いものがあり、そのよう な無念をそのまま放置することも正義とはいえません。

2 どのような方法が有効でしょうか

企業や団体の利益のために人命を軽視する考え方を改めさせるには、いろいろな方法が考えられます。

一つは「行政指導」という方法があります。
人命に影響するような活動をする企業や組織に対しては、安全確保のため国や自治体による様々な行政規制があり、重大な違反をした場 合には、許認可の取消処分により企業活動ができなくなる制裁が科せられます。
企業は、そのような制裁を受けたくないため、安全基準を守ることになります。

この方法は、こと細かな規制と迅速な制裁が可能であるという利点がありますが、全ての事態を事前に予測して規制することは不可能と いう欠点があります。
大事故の場合に、関係者から想定外であったとの弁解がしばしばされることが多く、規制が後追いになることも少なくありません。
また、行政庁は社会的影響力の小さい中小企業には厳正に対処するものの、影響力の大きい大企業に対しては甘いという批判もあります 。
行政指導のみに期待することでは十分とはいえません。

次に、企業に民事裁判で「懲罰的賠償」をさせることにより、安全性を確保させることも考えられます。
たしかに、安全性軽視による事故により巨額賠償の責任を負わされるということになれば、企業は事前の安全対策に投資することになり ますから、有効な方法と考えられます。
アメリカで採用されている制度です。

しかし、組織罰と同じく、これまで日本には無いこの制度を創設するには数々のハードルが考えられます。
また企業利益のために安全対策を怠り、重大事故を発生させた場合に、民事賠償のみで済ませることに被害者や社会が納得するでしょう か。
交通事故の場合でさえ、行政処分、民事賠償、刑事罰と3種類の制裁があるのに、との思いは当然ではないでしょうか。
懲罰的賠償は有効な方法ですが、これのみで足りるとは思えません。

最後に、刑事罰による制裁が考えられます。

事故発生の責任者に適切な処罰がなされることは,被害者や社会に一定の納得を生み、加害者にも贖罪意識を持たせる機能があり,事故 の防止と社会の安定につながります。
しかし、交通事故の場合には、加害者は容易に特定できますが、企業活動の結果発生した事故のような場合には、加害者がなかなか特定 できないこともよく起こります。
それは、企業活動が、多くの複雑な原料や機器、大規模なシステム等に依存しているからです。
トップの社長さえその全容を把握できていないことも少なくありません。
大規模事故でしばしば個人の被告人に無罪が宣告されるのは、そのような実態を反映しています。

そこで、死傷者が多数発生した事故において、企業の安全対策がしっかりしていれば防げたという場合には、個人ではなく企業そのもの を処罰する刑事裁判のシステムを創設することにより、被害者、社会のみならず企業にも自省を促し、その結果、悲惨な事故を防止し、 かつ社会の安定を図る効果が期待できるのではないでしょうか。
近年の事故をみると、その必要性はますます増加している感じがしますが、いかがでしょうか。

これが、私たちが組織罰を実現させたいと考える動機です。

3 両罰規定とは

日本の刑事処罰は個人を対象としていると前に述べましたが、実は刑法以外の特別法においては、企業の犯罪(主として過失犯ですが) が発生した場合に、事故発生の責任者のほか企業に罰金を課す、という両罰規定が多数存在します。
事故発生の責任者の監督を怠っていた法人の間接的な責任を問う、という構造です。

この規定が機能すれば、企業の安全対策はそれなりに進むことになります。

ところが、あくまでも、個人の責任が認められることが前提となっているため、個人の責任者が特定できない場合には、法人の責任を問 えないこととなるという欠点があります。
また、罰金額の上限が低い規定が多いため、企業があまり痛痒を感じないことで実効性が乏しかったのです。

企業等の法人に、必要な安全対策を怠ったことの直接責任を問うという法制度(本来の組織罰制度)はすでに欧米の多くの国で採用され ています。
しかしながら、この制度を日本へ導入するについては、残念ながら、慎重な意見の学者や実務家が少なくないのが現状です。

そこで、我々は、すでに我が国に定着している両罰規定を活用し、その欠陥を補うことができないか、現在検討中です。

具体的には、罰金額の大幅引き上げ(例えば資本金額まで)、従業員個人の責任がないことの立証責任を企業側に負わせることなどです。

皆様から良いアイデアがあれば参考にしたいと考えておりますので、是非お寄せ下さい。
また、国会への働きかけのため、組織罰を実現する会への賛同署名もどうかよろしくお願いいたします。